熊本県立劇場では、昨年3月に引き続き、今年3月にも地震を想定した避難訓練コンサートを開催しました。前回と異なる主な点は、次の3点です。
1 地震の後で、火災が発生するという設定にしました。
現実的な設定ですが、スタッフにとっては、より高度な対応が求められます。
2 継続的に実施できるよう、経費削減とシンプル化を図りました。
スタッフの危機管理対応能力を向上させるには、何度も何度も訓練することが大切です。
ですが、経費の掛かりすぎや、業務量が増えすぎますと、実施自体が困難になります。
このため、公演内容を避難訓練に特化してみました。
3 ホール利用者のみならず、日頃から練習室・リハーサル室等を利用する団体に参加を呼掛けました。
練習室やリハーサル室を定期的に利用される方たちは、一般の方に比べますと会館で地震に遭遇する確率が高いと考えられます。 訓練に参加していただくことで、いざという時のパニック防止に繋がります。
参加者アンケート結果
参加された65人の方から回答をいただきました。
・公共ホールの職員は29人で、県外では沖縄を除く九州各県と、山梨、広島から参加されました。
・一般の方は36人。うち、11人が県外からの参加ですが、そのうち9人は大分県パトリア日田のボランティアスタッフの方たちです。
・男女比はほぼ半々、年齢では公共ホール職員では40代の方が、一般では60代の方が一番多く参加されました。
Q1「本日の公演をどのような方法でお知りになりましたか?(○はいくつでも)」
公共ホール職員も一般の方も「チラシ」で知られた方が多かったようです。
Q2「公共ホールには年間何回くらい出かけますか?」
4割の方が「1~5回」と答えられています。
Q3「公共ホールの防災対策に関して不安を感じたことはありますか?」
6割弱の38人が「ある」と答えています。
下記のようなご意見をいただいています。
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Q4「公共ホールで災害が発生した時にスムーズに避難できると思いますか?」
9割近くの56人が「思わない」もしくは「わからない」と答えています。
次のようなご意見をいただいています。
「思わない」28人
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「わからない」28人
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Q5「本日の避難訓練コンサートはいかがでしたか?」
約3分の2の42人が「よかった」と答えられました。
しかしながらこの質問においては、前回に引き続き、避難誘導時の館内放送やトラメガ等のマイク、呼掛けの声の重複による声の聞き取りにくさの問題が多くの方から指摘されました。これは、会場がクラシックコンサート専用ホールで残響の良さ(長さ)が逆効果となったこともありますが、当劇場にとってはまだまだ改善が必要な大きな課題の一つです。
そのほか、避難時における正面玄関自動ドア開放の有効性や、余震や避難場所の安全対策など、貴重なご意見をいただきました。
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Q6「本日の訓練では、避難する方向をどのように判断しましたか?」(○はいくつでも)
前回のアンケート結果と同じく圧倒的に多くの方が「係員の誘導に従う」を選ばれました。当然のことですが、スタッフの責任はとても重いのです。
最善の避難通路が通れなくなっていても、次善の通路へ誘導できる、それが会館のスタッフです。地震や火事といった非常時にお客様から一番頼りにされるのは、なんてったってスタッフなのです。
Q7「係員の避難誘導はわかりやすかったですか?」
約半数の方が「わかりやすかった」と答えられましたが、Q5の項目と同じく、拡声器や全館放送、係員の声のかぶりについて、わかりにくい・聞き取りにくいとの御指摘も多くいただきました。
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Q8「熊本県立劇場の防災についてご意見やご感想、ご要望などご自由にお書きください。」
さまざまなご意見・ご感想をいただきました。今後の危機管理に活かしていきたいと思います。そのうちのいくつかをご紹介いたします。
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避難訓練コンサート 第1回と第2回の比較
青字が相違点です。
項 目 |
第1回 |
第2回 |
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訓練課題 |
1 スタッフの対応能力向上(現場での判断)・・・ 火災との大きな違い |
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日 時 |
平成24年3月29日(木)午後2時 |
平成25年3月12日(火)午後2時 |
会 場 |
熊本県立劇場 コンサートホール |
熊本県立劇場 コンサートホール |
概 要 |
起震車体験〔熊本市中央消防署〕 |
起震車体験〔熊本市中央消防署〕
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参加人数 |
約300人 |
約110人 |
(内訳) |
公文協職員100人(38館) |
公文協職員29人(約15館) |
勤務想定 |
スタッフは1班で実施。(主催者役を含む) |
スタッフをA班、B班に分けてリハーサル。 |
展示内容 |
防災グッズ(ミドリ安全熊本) |
防災グッズ(ミドリ安全熊本) *今回は避難訓練に特化しましたが、前回の展示も好評でしたので、今後も企画してみたいと考えています。 |
経 費 |
会場使用料・附属設備使用料・ピアノ調律料 |
会場使用料・附属設備使用料・ピアノ調律料
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その他 |
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ビブス、簡易担架、ハンドマイク、ライト等を購入 リハーサル回数の増加 |
熊本県立劇場避難訓練コンサートについて
実施に至った経緯
これまで当劇場で行ってきた火災訓練は、簡単に言うと次のようなものでした。 |
訓練の目的
目的は命を守ること。
ホールで働くスタッフの命、ホールに来られたお客様たちの命。
この劇場の中にある命を地震の第1撃から守ること、それが目的です。
※この最初の1撃をかわせた後は、直後の津波や余震等に留意しながら対応します。
課題1 スタッフの対応能力向上(現場での判断)・・・火災との大きな違いです
大地震が起こったとき、本部は動けません。自分の身を守るのに精一杯です。せいぜい周りのスタッフに声をかけることくらいしかできないでしょう。
現場も同じような状況なのですが、本部が機能しないのなら、最初に現場が動かなければなりません。少なくとも自分の身を守りながら周りに声をかけることはできるのでは。周りのスタッフへ、お客様へ、出演者へ。
「座席の間に身を隠して、頭を守って・・・」
目指しているのは、自分の身を守り、周りに呼びかけるといった、最初の基本的動作が、考えなくても自然に行えるレベルです。
最初の対応をスムーズに行うためには、次の方法を併せて行うことが有効です。
非常時であっても公演を中止するのはとても勇気がいることです。非常時に現場が動きやすいようにするためには、打合せ時等において、主催者や舞台責任者と非常時の対応(公演の中止・中断、観客・出演者の避難誘導)について協議し取り決めておくことです。 |
避難誘導におけるスタッフの対応能力としてもうひとつ大事なことがあります。一人ではなく複数でチームワークを組んで、リーダーシップを発揮できるかということです。
一人だけが頑張ってもそんなに大きな力を発揮できるわけはありません。現場で周りのスタッフや主催者たちとどれだけ協働して動けるか。多くの命を守るためにとても重要な能力です。
課題2 少ないスタッフでどう対応するか・・・以前からの課題です
今までの避難訓練では、スタッフはそれぞれ通報・連絡、初期消火、避難誘導等の役割が与えられ、いつでも十分な数がいるという前提の下に人員配置されているケースがほとんどでした。
実際はどうなのでしょうか?
実を言いますと、公共ホールで働いているスタッフはそんなに多くはないのです。しかも一般の会社と違い、ホールは早朝から深夜まで開いています。また、年末年始を除いては土・日・祝日も休みなく開いているホールも増えてきました。そんな中でスタッフは、最少の人数で、ホールの利用状況に合わせた不規則な勤務形態で多くの業務に対応しながら働いています。
いつ起こるかを選べないのが地震です。本番でないとき、スタッフが大勢いるときに都合よく起きてくれるわけではありません。何千人ものお客様がいるとき、或いはスタッフが少ししかいないときに起きたら、私たちは本当にお客様の安全を守ることができるのでしょうか。
単純に、スタッフを必要十分な数だけ増やすことができればいいのですが、経費削減が強く叫ばれている中、そういった余裕ある館はほとんどないと思われます。
だからといって、放っておいてよいという問題ではありません。余裕がないときこそ、計画的な取組が必要です。最善の解決策がとれないのならば、次善の解決策をとらなければ。既にある館では、観客百人につき避難誘導員が1人必要と算定し、主催者に協力を依頼しています。
少ないスタッフでどう対応するか、この課題について、熊本県立劇場では次の取組みを進めています。
1.業務委託業者やレストラン等、館内常駐業者に対して
2.主催者に対して
3.職員の能力向上 |
課題3 お客様をパニックに陥らせないためには・・・以前からの課題です
避難訓練をコンサート形式で行おうとしたのには、二つの意図がありました。
ひとつには、お客様の立場で見てもらうことにより、スタッフだけでは気づかない問題が見えてくると考えたからです。
実際に、上手な避難誘導方法について、例えば館内アナウンスのやり方によりお客様の不安感・安心感がまるで違ってくること、ライトや身振り手振りの有効性、公演前のカゲアナによる事前説明の効果等、お客様をパニックに陥らせない、落ち着かせる工夫のヒントが見えてきました。
上手な誘導はお客様を早く安全に避難させられます。これは、ワールドカップ出場決定で賑わった渋谷駅のサポーター整理を行ったDJおまわりさんの活躍にも表れています。パニックに陥らないお客様は、スタッフにとって大きな協力者になります。
もうひとつは、楽しみながらの訓練参加が地震対策の広がりに効果的と考えたことです。
最初の避難訓練コンサートでは、公立文化施設協議会職員や劇場ホール等の利用者が対象でした。2回目は、多少簡素化しましたが、定期的に練習室等を利用する主催者もターゲットに加えました。
楽しみながら興味を持って訓練に参加することで、より多くの方がホールにおける基礎的・具体的な対応を効果的に身につけることができます。
(付け加えますと、スタッフの意気込みもお客様が入っているのといないのとでは全然違ってきます。皆、とても気合が入ります。)
今の課題 年に2回では、とてもとても足りない
第2回の避難訓練コンサートが終った後、危機管理PT(プロジェクトチーム)で複数の職員から年に2回の訓練では足りないという意見が出てきました。待ち望んでいた意見です。
既に被災地のみならず全国いくつかのホールでは、地震を想定した訓練を、例えば月に1度定期的に行うといったふうに大幅に増やす動きが出てきていました。或いは、日時・場所等を事前には伝えず、ある日突然実施するといったふうに、訓練のやり方自体を変えたホールもあります。
訓練は、いざというときに役に立たなければ行う意味はありません。年に1~2度やっただけで、それも十分な数のスタッフがいるという前提で行う訓練で、大勢のお客様の安全を守ることが本当にできるのか、避難訓練コンサートを体験することにより職員も不安を感じていたのだと思います。
今までの避難訓練コンサートでも、公演の前にはリハーサルを繰り返していましたので以前より実質的に回数は増えていたのですが、検証やブラッシュアップ、内容の充実、職員の対応能力アップのためにはもっと多くの時間が必要なのです。 とりあえず熊本県立劇場ではそれまでの年2回の訓練を4回に増やすことから始めました。それぞれの訓練についてリハーサルや個別の打合せも増えてきますので、結構な回数になってくるのではないかと期待しています。
内容 |
平成25年度実績 |
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6月 |
避難訓練コンサート反省会 |
平成25年6月3日(月)AM |
9月 |
部分訓練 |
平成25年9月12日(木)AM |
12月 |
教育訓練 |
平成25年12月5日(木) |
3月 |
避難訓練コンサート |
平成26年3月3日(月) リハーサル |
ちなみに、第3回避難訓練コンサートは平成26年3月18日(火)の午後、コンサートホールで開催予定です。ご期待ください。
最後に
私たちは謙虚に毎年危機管理を見直し改めていく必要があります。例えば、精密な訓練シナリオはいざというとき役に立たないことが、作ってみるとわかってきます。なぜなら、地震には無限の設定が存在するからです。私たちがまだよく知らない地震についての新しい発見もこれからたくさん出てくることでしょう。精密なシナリオは、スタッフの働きを束縛してしまいます。細かい条件が多くなればなるほど、覚えるのも大変ですし、とっさの際に思い出せません。動けなくなるのです。 ですから、シナリオはいろんな応用ができるようシンプルに作りたい。そこから基本的な対応が見えてきます。
重要なのは、様々な状況に柔軟に対応できる危機管理のプロであるスタッフを育てていくことだと考えています。