K U M A M O T O P R E F E C T U R A L T H E A T E R これまで筆者は、熊本県立劇場の演奏家派遣アウトリーチ事業(以下、県劇アウトリーチ)を多く視察し、また令和3・4年度 の登録アーティスト・オーディションとその後の研修にも関わってきた。そこで音楽教育学者という立場から県劇アウトリーチ(教 育普及事業)の取り組みが、子どもたちの音楽的な感受や経験に与える効果について考えてみたい。 県劇アウトリーチの特徴を一言で表現するとすれば、それは「アーティストの個性を大切にしつつ、多様な専門家とともに、子 どもの音楽的な感受や経験について徹底的に考え抜いたコラボレーションの結果による実践」である。従来の音楽鑑賞教室 が客席と舞台を隔てて、子ども(受け手)と演奏家(送り手)を二分してしまいがちなのに対して、県劇アウトリーチは、そこに関 わる人もモノもすべてが対等にコラボレートして音楽する場をつくる。この考えは、クリストファー・スモールのミュージッキングに 通じると私は考えるが、その大きなうねりの中心に多感な子どもたちを据える。このような普段とは異なる芸術的で異質な空間の 中に入って影響を受けない子どもはいないといっても過言ではない。 県劇アウトリーチは、原則として、1回の実践を1クラス単位に絞って比較的小さな教室で実施する。そうすることで、間近に楽 器を見て、アーティストの息遣いや演奏が震わす空間を身体全体で感じ取ることができる。また子どもたちは、各曲の間に楽器 や曲についてアーティストから話を聞くことで興味関心を深め、曲を聴く耳を育てる。さらに、例えば、クイズをしたり、ピアノの下 にもぐって聴いてみたりなど、子どもたちの積極的な参加を促す手立てを盛り込むことで、その場にいる全員がコラボレートして 音楽する空間をつくる。県劇アウトリーチは、音楽の持つ力とアーティストの実力を信じつつ、無批判に頼るのではなく、音楽が 最大限に子どもたちへ伝わるよう吟味、構成するのである。このようなコラボレーションを経て、子どもたちは自分たちが主体的 に関わっているという思いを強く持ち、普段の授業とは異なる空間の中で、幅広い音楽の世界へと知らず知らずの内に誘われ るのではないだろうか。 この経験を後々の音楽的な学びに昇華させるのはもちろん教師たちである。県劇アウトリーチを通してそれが可能なのは、実 践前に県劇のスタッフによるコーディネートで学校の教師と対話を重ねるからである(また時には、アーティストがその場に同席 することもある)。その内容はアーティストに伝えられ、アーティストは自分のプログラムを各現場に合わせて調整する。さらに実践 後の検討も怠らない。繰り返しになって恐縮だが、子どもたちに提供するプログラムは、さまざまな分野の専門家とともに多角的 な視点から構成、再構成を重ねたコラボレーションの結果なのである。このように実践の1つ1つに対して、多くの専門的見地に よる多角的な視点から作り上げ、また毎回の実践は批判的検討を通して改訂に改訂を重ねるプログラムだからこそ、後々まで子 どもの記憶に残る芸術体験を保証できるのだろう。 演奏家派遣アウトリーチ事業の 特徴と、その教育的効果 瀧川 淳 音楽教育学者。国立音楽大学音楽学部准教授。 2021年3月まで熊本大学教育学部准教授。2018年度から2021年度まで 熊本県立劇場文化事業評価委員を委嘱、アウトリーチ事業をはじめとする文 化事業の視察・評価に関わっていただきました。2020年7月熊本県立劇場 主催「ケンゲキ・オンラインスクール~音楽を聴こう知ろう」を監修。 学校でのア ウトリーチ ・専門家の 声 専門家から見た アウトリーチ
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